御嶽山と枝垂桜

年号またぎ、西日本周遊の旅(7)

年号またぎ、西日本周遊の旅。放浪?の旅は7日目。愛知県小牧市から。木曽、御嶽山を経由し、中央道経由で東京を目指す、今回の旅の最終回です。


7日目(5月3日 金曜日)

前日思いの外、到着が遅れるしまったのと、残りの距離もこれまでより短めのため、少々遅めのチェックアウト。10時頃に愛知県内、既に中央道の渋滞が始まっていたため、国道19号線で松本方面へ向かうことにしました。


国道19号線

小牧を出て、県道199号線、春日井駐屯地横を通りすぎ、県道196号線。そして、国道19号線に入ります。すぐに内津峠のトンネルを抜けて岐阜県に。途中、この時期(5月)だからこそ見られる、粋な計らいというか、クレーン車に取り付けられたこいのぼりが高いところで優雅に泳いでいるシーンを見ることができました。国道19号線は軽いアップダウンを繰り返し、景色は街並みから、山々へと変わっていきます。


道の駅賤母 、木曽路

国道19号線を道なりに、木曽川上流に向かい進んでいくと、木曽の看板、そして道の駅賤母(しずも)があります。今は岐阜県中津川市山口ですが、2005年2月に地域住民の生活圏が岐阜県寄りだったため、長野県木曽郡山口村が県の境を越えて合併した、めずらしい地域です。

道の駅には食事処や地元の物産販売の他、東山魁夷心の旅路館が別棟で併設されています。また、木曽路の玄関口で、近くには中山道馬籠宿、妻籠宿といった有名観光地もあり、観光拠点としても最適です。

旅サイトではベターな旧宿場町に立ち寄るのでしょうが、メジャーで比較的交通アクセスが良いので、今回は観光をせず、目的地を目指して、引き続き国道19号線、木曽川沿いを遡上し、長野県(20都府県目)へ。


御獄神社

木曽川の景勝地、寝覚の床を通りすぎ、左折。県道20号線へ入り、御嶽山方面へ。御岳湖脇、県道256号線を通り、山あいにある王滝村へ。道中、百草丸(胃腸薬)の直売所や、牧尾ダムを横目に目的地、御嶽神社に到着です。山岳信仰の山として知られる御嶽山の山頂に奥社がありますが、今回訪れたのは麓にある、王滝口里宮です。御祭神は国常立尊、大己貴命、少彦名命。御嶽は山そのものを御神体とする山岳信仰で知られ、昔は登山前に麓で精進潔斎の修行をしてから登拝していたものを登山道を開いて講社を作り、軽精進潔斎での登山を奨め、後に広まった御嶽講社。この社は、その一部です。

木々の間を貫くように真っ直ぐ延びる石積の階段には苔が生え、隙間からの日差しに照らされ、緑色に輝いています。そこに漂う、少しひんやりとした空気、身が引き締まります。300段以上の階段を上りきると見える里宮本殿。そして、岩場から湧き出る水。信州の名水・秘水に認定されているお清めの水、御嶽神社里宮御神水が疲れた体を癒してくれました。境内には数人の参拝者、岩肌に添うように作られた本殿で参拝し、暫しの静寂。

再び、階段を下り、社務所に預けておいた御朱印帳を頂き、出発です。もと来た道を戻り、王滝川沿いを走行中、ガードレールにちょこんと腰掛ける猿の親子。見向きもせず、川の方を眺めていました。

少し進んで牧尾ダム。愛知用水の水源の1つ。愛知用水は水資源の少ない(水を供給する河川の乏しい)知多半島方面に木曽川の水資源を供給するために戦後作られ、1961年に完成したもので、当初は農業などでの利用を想定していたようですが、経済の発展と共に、工業や一般家庭へと拡大し、水源ダムの増加、水路整備等経て今に至るようです。ダム周辺は公園になっており、畔に植えられた桜の花が舞っていました。


御嶽山

途中で左折し、とうもろこしなどで有名な開田高原方面へ進みます。御嶽神社黒沢口里宮(立ち寄ればよかったと少し後悔…)の横を通りすぎ、県道25号線のロープウェイ入口への分岐路。連休中、ロープウェイは春営業期間のようでしたが、そのロープウェイの看板と三本柱の御嶽山の看板越しに、少し近めの雪の残る御嶽山を仰ぎ見て先に進みます。

県道25号線から国道361号線、木曽方面へのショートカット道路、畑の広がる景色に点在する家屋。国道の九蔵峠の展望台とはまた違った、見上げる景色。この季節ならではの垂れ桜を纏った雄大な御嶽山の姿は実に優美。

そして、再び登り坂。途中、開けた場所からは、少し霞んだ春の空をバックに、深い青の大地にどっしり構える、雪を被った御嶽山の姿。日も傾き始め、雲にはどんよりとした陰がさしてきました。

その景色をカメラに収め、再び走り出します。高原を走り抜け、国道19号線へ。


道の駅日義木曽駒高原

国道19号線(国道361号線との重用区間)合流後、塩尻方面に少し進んだ原野駅近くにあるのが道の駅日義木曽駒高原へ。御嶽山方面から伊那方面へ、またその逆の移動の際に重宝するので、比較的利用頻度の高い道です。

奥には木曽山脈を望める小さな公園があり、中山道(江戸~京都)の中間を示す石碑が立っています。敷地内には地場の物産を販売する店舗もあり、新鮮野菜を調達して、ラストスパートへ。


木曽から伊那へ、そして中央道

塩尻方面に少し進んだ分岐路で、権兵衛峠道路(国道361号線)方面へ。

長いトンネルを抜け、直線の下り坂を経て、伊那へ。高速道路に入る前に、西日で橙に染まる畑と街並み、そして経ヶ岳。伊那ICからは中央自動車道で東京を目指します。諏訪付近では背中から当たる西日で前にシルエットが浮かび、日暮れ間近。

中央道原PAで一休みし、山梨県(21都府県目)の小淵沢付近で空はすっかり深い青。夜の中央道を走り、東京に近づく度に思う空の明るさ。そして、街並み。

7日間におよぶ年号またぎ西日本周遊の旅もおわり。今までで一番、密度濃く、色々な景色を見られた一週間でした。

おわり。次の旅路へ…


なお、掲載している情報は旅行当日(2019年5月)の情報のため、ご覧いただいた時点では異なる場合がございます。ご旅行の参考とする場合(特に交通機関やイベント等)は事前に確認の上、検討をお願い致します。
同地域への旅行を検討されている場合の参考になれば幸いです。

1日目(19年4月27日)東京~香川…年号またぎ、西日本周遊の旅(1)へ
2日目(19年4月28日)香川、徳島、高知、愛媛…年号またぎ、西日本周遊の旅(2)へ
3日目(19年4月29日)愛媛~大分…年号またぎ、西日本周遊の旅(3)へ
4日目(19年4月30日)大分~島根…年号またぎ、西日本周遊の旅(4)へ
5日目(19年5月1日)島根~鳥取、但馬…年号またぎ、西日本周遊の旅(5)へ
6日目(19年5月2日)鳥取、但馬~愛知…年号またぎ、西日本周遊の旅(6)へ

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